歌手の和田アキ子さんの本名を大公開。
和田アキ子さんは在日韓国人であることも告白しています。
芸名の由来も合わせて調査しました!
目次
和田アキ子の本名は金福子?
芸能界のドンとして多くのパイプを持つ和田アキ子さん。
芸能生活は51年になり、NHK紅白歌合戦でも何度もトリを飾った実力もある方です。
すっかり「和田アキ子」という名前が定着していますが、和田アキ子さんの本名を調べてみました。
和田アキ子さんの本名は「金福子(キム・ポクジャ)」さんと言います。
明らかに日本の名前ではありません。
後で詳しく触れますが、和田アキ子さんは在日韓国人なのです。
帰化後の本名は「飯塚現子(いいづか・あきこ)」さん。
飯塚は結婚された旦那様の苗字です。
和田アキ子の芸名の由来
では「和田アキ子」という芸名はどのようにしてつけられたのでしょうか?
「和田」は単純に幼少期から使って来た帰化後の旧姓です。
そして「現子」という名前が続くわけですが、これでは「あきこ」と誰も読めません。
そこで覚えてもらえやすいように「アキ子」という表記にしたのだといいます。
名前って名乗っていくと顔もその顔になっていくので不思議ですよね。
名は体を表すということわざもあるくらいですから、名前って重要です。
和田アキ子が在日韓国人であることを告白
2005年、和田アキ子さんは、週刊文春で在日韓国人であったことを告白しています。
それによると、お父様は済州島(チェジュ島」出身、お母様は朝鮮半島出身で、和田アキ子さんは在日2世という括りになります。
自分が在日韓国人であることを知ったのは、中学の時に区役所に行って戸籍謄本を見た時に、初めて自分が在日2世であることを知ったのだとか。
15.6歳で在日韓国人だと知ったアッコ少女はどう思ったのでしょうか?
和田アキ子の帰化日
和田アキ子さんが帰化した日は、1971年7月23日のことでした。
当時アッコさんは21歳でした。
もしかしたら成人したら帰化しようと思っていたのかもしれません。
とは言え、アッコさんはほとんどの人生を日本で日本人として歩んできたわけですから、在日韓国人であることはさほど問題ではないように思えます。
和田アキ子は韓国語の読み書きはできる?
今も申しましたが、和田アキ子さんは日本にいる期間の方が圧倒的に長いですし、韓国で暮らしていたこともあったのか分かりません。
ですから、韓国語は全く話せないそうです。
読み書きに関しても出来ないと思います。
和田アキ子の両親も在日韓国人
和田アキ子さんのご両親に関しても上で少し触れましたが、両親共に在日韓国人だそうです。
お父様は大阪で柔道の道場を開いていて、お母様は乾物屋を営んでいました。
アッコさん自身は4人兄弟の長女で下は3人弟です。
アッコさんの面倒見の良いところなんかは、長女だったことも関係しているのかもしれません。